多々良沼公園(群馬県館林市・邑楽町

  • 公園の概要
  • 遊具広場
  • 遊具の写真等更新予定
撮影日 2011.7.16

こんな施設があるよ

建設中の県立公園

多々良沼公園
浮島弁財天へのアクセス道路。奥に見える樹木の部分が弁財天。道路は、これしかありません。

多々良沼公園は、古くからある多々良沼を中心に造園されている公園です。

ともかく広い。2011年現在、整備工事の真っ最中で、群馬県のサイト等を見ても、どれだけの広さでいつ完成するのかまったくわかりません。

元々公園整備は多額のお金と何十年もの時間のかかる大事業です。今後は、平成22年に設立された「多々良沼・城沼自然再生協議会」の提言等を参考に県営公園として整備が進んでいくものと思われます。

実は、多々良沼は第二次大戦前は現在の2倍近い面積がありました。沼の東北側の、現在の館林美術館のあるあたりまでが多々良沼でしたが、1946年、食糧増産のために干拓されたのだとか。2011年現在完成しているのは、その干拓エリアの尻尾に相当する沼の東南部分(下の看板地図で「自然観察エリア」と紫の線で囲まれているエリア)と、邑楽町のサイトによると邑楽町部分の7.7haの部分(今回主に紹介しているエリア)です。

邑楽町側の公園には、子どもたちの遊具が並んだ広場や、広い芝生広場、50mもある藤棚、雑木林、浮島弁財天などがあります。桜の名所としても知られていて、春になると約120本の桜が沼に映えて美しい光景を作り出すそうです。

野鳥観察の名所でもありますね。多くの野鳥を観察するためにたくさんの人が、四季を問わず訪れています。特に11月から3月頃には、多々良沼西岸のガバ沼には毎年100羽ほどの白鳥が飛来することで知られています。定住するコブハクチョウも数羽確認されていているそうです。

遊び場

遊具のある広場。

お城好きには、鶉(うずら)古城の城跡があることでも知られています。

案内板によると、鶉古城は多々良沼に突出した荒間崎と呼ばれた半島部に築かれた城で、江戸初期にはすでに この名称が使われていたそうです。 築城したのは北条高時の弟僧慧性と荒間五郎朝春。元弘3年(1333)5月高時が鎌倉に滅ぼされたとき逃げて来たのだとか。その後、応永年間(1394〜1428)には多々良四郎忠致の居城となり、戦国時代は館林城主の重臣で下野国小曽根郷八形(足利市高松町)城主小曽根政義が小田原北条氏の来攻に備えて守将となりました。 しかし、天正18年(1590)館林城落城に伴い廃城となり、250年あまりにわたる歴史に幕を下ろしました。

浮島弁財天も鶉古城に関係していて、築城したとされる荒間五郎朝春が建立したそうです。

小さいお子さん連れは、遊具の広場に直行でしょうか。

その遊具の広場周辺が邑楽町が整備している公園エリアです。地図を見ると沼に突き出た島のような部分が見えますよね。そこが浮島弁財天で、その西部分一帯です。整備して日が浅いので、このエリアは樹木が低めかも。夏場は注意が必要ですね。

しかし、そのエリアからちょっと沼側に進むと、鬱蒼として広大な原生林が広がっています。ここ、たぶん夏にはカブトムシやクワガタがいるでしょうね。

ご覧の通り、遊具はそれほど揃っていないので、広い園内を散策して楽しむのが一番でしょうか。運が良ければコブハクチョウに出会うこともできます。

釣りはできますが、地元に漁業組合に料金を支払わなければならない場合もあります。ご注意を。ヘラブナ・コイ・ナマズ・ウナギ・オオクチバス・ブルーギル・ライギョ等が釣れます。

アクセス

電車
東武小泉線「成島駅」徒歩約30分。東南側エリアなら約16分。
東武伊勢崎線「多々良駅」徒歩約35分。東南エリアなら約26分。
駐車場。
無料。たくさんあります。

多々良沼公園 案内図

整備が終えている邑楽町側の広場部分です。

多々良沼公園 構想図

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