忍 城 (行田市)

撮影日 2009.9.26

こんな施設があるよ

忍城 御三階櫓

昭和63年に復元された 忍城 御三階櫓。4階建てで、中は博物館です。
南側から。 北側から。脇に門と橋。
道路側の城壁。ぐるりと白い城壁に囲まれています。 お堀。

別ページの「公園概要」と重複しますが……。

映画「のぼうの城」の舞台となった城下町行田の「忍城(おしじょう)」は、古く文明年間(1469〜1486)に山内上杉氏配下の豪族成田親泰が築城したとされ、関東七名城【太田城(茨城県)、宇都宮城(栃木県)、唐沢山城(栃木県)、金山城(群馬県)、前橋城(群馬県)、忍城(埼玉県)、川越城(埼玉県)】の一つに数えられました。

1590年、豊臣秀吉と小田原北条氏の戦い(小田原の役)で、石田三成らによる水攻めを受けます。この水攻めは失敗に終わり、別の形で開城するわけですが、「浮き城の町 行田」とのキャッチフレーズとなって今に残りました。

自虐的に聞こえるかもしれないけど、「浮き城」とは水攻めされた忍城に由来しているのですね。

この戦いにより、成田氏100年の支配が終焉し、徳川家康の持ち城となりました。以後、松平氏を経て阿部氏が城主となり、184年の長きに渡って忍10万石を支配しました。明治維新でも戦火を逃れ、廃藩置県により二の丸に忍県の県庁がおかれましたが、明治6年に、なんと競売されて解体されてしまったそうです。今から考えれば信じられないことですが、当時はそんな時代でしたよね。

1978年(昭和63年)、忍城の本丸跡に再建され、行田市郷土博物館と合わせて広さ約2.5haの区画が整備されました。再建された天守(実際は天守ではありませんが、便宜的に)は代用である御三階櫓(ごさんかいやぐら)で、現在は資料館になっています。関宿城みたいですね。行田市郷土博物館から入り、階段で4階まで上がることができます。

忍城は、下の GoogleMap では、「行田市立郷土博物館」と表示されていいます。

忍城今昔地図

2000年(平成12年)の測量図に、1832年(文政6年)の忍城絵図を重ねたもの。資料の無い部分も多く、一部推定で位置を復元しています。
城門の脇に立つ案内看板。

城門

進修館や駐車場脇の門と違って、移築ではないようです。
頑丈そう。 城内から見ると。

城壁内部

2階が渡り廊下で、博物館へ向かいます。
中庭。ぐるりと白い城壁に囲まれています。
城壁。 進修館の門が左手に。

遺構 移築された門

移築された 藩校進修館の表門。
脇に立っている看板。
どこの門かは不明だが、駐車場側に移築された門。

忍城の鐘

史跡 忍城の鐘。
忍城の鐘を外の道路から。クルマから撮影。 鐘じゃないですが、土塁。

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